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−トボトボある記−
《その20》
                                                平成18年7月31日
20.「戦争」を考える動機となった「人間の条件」
 19日目−調査の中でボクは、昭和34年から36年までに制作された五味川純平原作の映画「人間の条件」のロケが十勝は鹿追町の羊が丘で行われたことを知った。原作は、昭和18年頃の満州が主な舞台となっている。
ストーリーは、民間の鉱山会社に勤める主人公梶が、ヒュ−マニズムを貫き通すことによる軍部との対立、召集されてからの虐待、進攻ソ連軍での捕虜生活等などを描きながら、梶は最後に雪の中で死んでいくものであった。
  ボクは、この映画(主人公梶役は仲代達也)を見たことはないが、中学生になってから兄の本棚にこの本を見つけて読みふけったことを思い出す。きっと、ボクが戦争を自分の頭で考えた最初であったような気がする。
  この映画は、全6巻にまとめられている。全編上映時間実に9時間に及ぶというのであるから、超大河映画である。日本映画史上からも記録的な作品と言えるのである。その映画のロケ地にこの十勝が選ばれていたことに、十勝の魅力を改めて教えられた気分になる。
  ところで、この映画のロケは昭和34年から36年の3年間に渡って制作されているのであるが、この当時の世相を少し記録に残しておきたいと思う。
  昭和34年1月、南極の昭和基地(無人)に残された犬タローとジローが334日ぶりで見つかっている。子ども心に感動したことを思い出すのである。後ひとつの話題は、失業未亡人救済策として学童の交通整理者「緑のおばさん」が誕生している。日給315円だった。
  昭和35年の帯広は、国勢調査で初めて人口が10万人を越している。また、帯広大谷短期大学が開校し、中条ふみ子の歌碑が帯広神社裏につくられている。まちの風呂屋には17円ではいれた。
国内的には、ビニール製の黒んぼ人形ダッコちゃんが大流行し映画や芝居に登場する年でもあった。また、カラーテレビの市販は始まった年でもあったが、肝心の値段は42万円から51万円と庶民には手の出せないものであったのです。


76.(鎌田作品)
77. 昭和34年(1959年)
  人間の条件1部・2部−一枚
  の召集令状が主人公梶にさ
  まざまな疑問を持たせること
  になる。(菅野作品)

78.昭和35年(1960年)
  
人間の条件3部・4部−戦争
  は誰のためにするのかと梶は
  思い悩み語り合う。
(菅野作品)
79.昭和36年(1961年)
  人間の条件完結編−捕虜と
  なった梶は、妻に逢いたい一
  心で収容所を脱走し雪の中
  で最後を遂げる。ここに戦争
  を一人の一兵士の立場から
  描いた映画は大きな社会的
  役割を果たし終わるのであっ
  た。(菅野作品)
80.(鎌田作品)

81.(鎌田作品)
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